BACK

* Ritrovarsi *
ベルフェゴール×マーモン♀

ボスとスクアーロのお見舞いを終え、病院からベルと一足先にホテルに戻る。
誰も居ないスーパースイートは広くて、静か過ぎて、二人きりの帰宅を何度繰り返しても未だに慣れない。
けれどベルはあまり気にしていないというか、むしろ気楽に伸び伸びできるのを楽しんでいるようで、普段はボスが使っていて暗黙の了解的に立ち入れない主寝室に直行すると、キングサイズのベッドに僕ごとゴロンと寝転んだ。


「ルッスとレヴィが帰ってくるまで、このふかふかベッドで昼寝でもしてよーぜ」
「ゴロゴロするのは構わないけど、ここ使ってるとまたレヴィがうるさいよ……と言いたいところだけど、そうだね。僕もなんだか眠たくて動きたくないや」
「成長期はやたら眠くなるっていうもんな。いっぱい寝て、早く大きくなれよベイビ♪」
「ムッ、いい加減その呼び方するの止めてくれない? 僕の本当の姿、知ってる癖に」
「でも今は実際ベイビーじゃん。これから育ち直すんだし」
「ムム……」
このままウトウト気持ちよく眠りに就きたかったのに、僕が怒ると分かってて、ベルがまた赤ん坊扱いしてからかってくる。

元の姿に戻っても、背とか小さいけどさ。
僕、これでも君より年上なんだけど。

反論したい言葉は山ほどあったけれど、口にすれば呪われる前のことを根掘り葉掘り聞かれるだろうから、ぐっと飲み込んで。
「あくまでそれは仮説だよ。幻術で二人分の内臓を作り続けてるんだ。特に心臓は繊細な器官だからね、精神力と炎の消費が大きくて疲れて眠くもなるさ」
それだけ返してぷいっと背を向けると、少し距離を空けて寝転び直した。


あぁでもホント、早く大人に戻りたい。
おしゃぶりの代わりとなる器を作ってくれたタルボじいさんを始め、多くの人達のお陰でアルコバレーノの呪いは解けたけれど、すぐには元の姿に戻れないなんて想定外だった。
チェッカーフェイスに利用されて、使い捨てのように死ぬよりは全然マシだけど。
(とりあえず今まで通り任務をこなして、またお金貯め直すことに専念しよう。貯金もスッカラカンになっちゃったことだしね)

あまりにも時間が経ち過ぎて、呪いが解けたらどうしたかったのかなんて忘れてしまったから。
大人に戻れてからのことは、時が訪れたら考えよう。

(でも、多分きっとその時が来ても、何も変わらない気がする……だって、フリーでいるよりヴァリアーに居た方がずっと稼げるし)
それにここは、なによりとても居心地がいい。
ボスがいて。
スクアーロがいて。
ルッスーリアがいて。
レヴィがいて。
そして、ベルがいて。
その日常が当たり前になり過ぎていて、彼らと共にない未来なんて想像できない。
(それでも、いつか変わってしまうものもあるか……)
頭のすぐ上に横たわるベルの腕をチラと見て、ふと思った。
元の姿に近付くにつれ、この掌も大きくなっていって、お互い大人になって。
そうなったら、もう今までのように戯れ合ったり、こんな風に一緒のベッドで眠るなんて、出来なくなる。
子供同士がするそれとは、意味が違ってくるから。
(ベルに抱っこされるのとか、結構好きだったんだけど……仕方ないね)
何だか急に物寂しい気持ちに襲われて、無意識に溜息を漏らす。
すると、不意にベルの両腕が体に回され、ギュッと抱き締められた。
「べ、ベル!?」
「オレさ……大人になったマーモンとも、こうやって一緒に寝たいな」
「!?」
まるでさっきまでの自分の心の中を読んだかのような一言に驚愕し、遅れて脳に浸透してきたその意味に頬がかぁっと熱を持つ。
背を向けていてよかった。
こんな真っ赤になった顔見られたら、茹でタコみたいってまたからかわれちゃう。
「……いきなり何なのさ。大体、意味分かって言ってるのかい?」
「うん、そのつもりで言ったんだけど」
冷静を装って何とか絞り出した言葉に、あっさりと答えが返される。
ベルの素直に感情表現するところ嫌いじゃないけど、今はちょっと困るかも。
「そんな先のことなんて信じられないよ。君、気まぐれだし」
「そうかもしんないけど、マーモンのことは気まぐれなんかじゃないよ。ずーっと、待ってるから。だから……『元の姿に戻りたい』って願いが叶っても、ヴァリアー辞めたりすんなよな」
「辞めるワケないだろ。いい稼ぎ場だしね。それに……これからもずっと、みんなと一緒に居たい」
「そっか……ならよかった」
背後で微かに漏れる、嬉しげな声と安堵の息。
耳に届くと同時にくるりと体を反転させられる。
そこには前髪を軽く掻き上げて露になったベルの顔があって、一瞬ドキリと心臓が跳ねた。
隠すことなく向けられた真っ直ぐな瞳が、彼の本気を如実に表している。
こちらも同じように顔を見せ、その視線を、その想いを受け止めることは今は出来なかったけれど、ゆっくりと心が動かされていくのをどこかで感じていた。
「じゃあ、願いが叶うその日が来るまでにうんと稼いで、豪勢な結婚式でマーモンを姫にしてやるな」
「ムムッ、結婚式にお金をかけるくらいなら、その分僕の口座に振り込んでくれた方が嬉しいんだけど。っていうか、僕まだ『いいよ』とも『ヤダ』とも言ってないよ。そもそも、何でいきなりそこまで話が飛躍するのさ」
「何だよ、可愛くねーな」
「その可愛くない奴をさっきから口説いているのは誰だい?」
お返しとばかりにジトッと見上げると、返事の代わりに強く抱き締められた。


変わらないものも、変わっていくものもあるけれど。
体に、心に染みてくるこの腕の温もりが、僕の居場所はここなのだと伝えてくれる。
ここ久しく感じていなかった安らぎに包まれて、僕はいつの間にか眠りに落ちていた。