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* マフィアになった本当の理由 *
ロマーリオ×子ディノ

「えっと…ここ、どうすりゃよかったっけ…」
少し前に解き方をリボーンに教えてもらった問題だという事は思い出せたが、肝心の解き方まで思い出せず、拳でトン、トン、と軽く自分の額をこずく。

ディーノにはキャバッローネファミリー10代目ボスに就任した後、先代が傾けた財政を立て直さなくてはならないという大問題が待ち受けている。
そのために、学校の勉強だけでなく経営学などもリボーンからスパルタで教え込まれている。
学校での成績も下から数えた方が早いくらいのディーノにとって、こうして机に向かって頭を捻る事は身体を鍛えるための特訓の何倍も苦痛だった。

「あーもう! やってらんねーっつーの!!」
だんだんイライラしてきたディーノは、問題集とノートを鷲掴みにすると壁に向かって放り投げた。
ベチッと音を立て、壁に投げつけられた問題集とノートが床に落ちる。
ディーノは床に落ちたそれらを忌々しく見つめていたが、ハッと我に返り周囲をキョロキョロと見回す。
「あ、そうか…リボーンは今出かけてていないんだよな。危ねー危ねー」
こんなところリボーンに見られたらまたぶっ飛ばされると思い慌てたのだが、リボーンがしばらく留守している事を思い出し、ホッと胸を撫で下ろす。
「てか、留守するからこんなたっぷり課題置いてったんだよな」

『しばらく出掛けなくちゃなんねーから、オレがいねー間は経営学の課題やっとけ。もしオレが帰って来るまでに終わってなかったら…』

床に落ちた問題集とノートを拾いながら、リボーンが出掛ける前に言った言葉を思い出し、ブルッと身震いする。
先程と同じように問題集とノートを机の上に広げ、椅子に腰掛けてもう一度取り組もうとしたが、問題はさっぱり解けず溜め息をついて机に突っ伏した。
「何でこんな事しなくちゃなんねぇんだよ…そもそもオレはマフィアのボスになんかなりたくねーっつーの!」
シャープペンの先で問題集をぐりぐりしながら、リボーンがいる時には口に出来なかった事をポツリ、ポツリと吐き出した。
「大体、財政を傾けたのは先代だろーが。何でオレがそれを立て直さなきゃいけねーんだ? オレには無関係なのにさ…」
後でちゃんと消しとかなきゃなー、と、どこか冷静になりながらも、問題集にぐしゃぐしゃと落書きをしながら、ある日突然自分がキャバッローネの後継者に選ばれたと告げられてからずっとずっと心の中に溜め込んできたものを吐き出していく。
「へなちょこだって馬鹿にされてても、学校で気の合うヤツらと遊んでるのが一番楽しいのに」
「ただでさえ数学苦手なのに、何で学校のレベルよりずっと上の勉強しなくちゃなんねーんだよ」
「ボンゴレのじいさんにはちっちゃい頃から可愛がってもらってたけど、それとこれとは話が別だって」
「マフィアになんかなりたくねーよ。マフィアなんか…」
言いかけて、ふとロマーリオの顔が思い浮かび、そのまま口を噤む。
「マフィアなんかクソくらえだけど、ロマーリオの事は…好きだ」
キャバッローネの屋敷に連れてこられて、周りはマフィアの大人ばかりで、中には自分が後継者になる事を快く思ってない人間もいて、独りぼっちだった時に世話役として紹介され、それ以来いつも側にいてくれるロマーリオの事を思うと、マフィアを悪く言う事が躊躇われた。
自分でもおかしいと思うけれど、ずっとずっと年上の同性であるロマーリオに惹かれている。
この気持ちが恋愛感情だという事もとっくに自覚済みだ。
こんな事、絶対誰にも言えないけれど。
「……」
ロマーリオの事を思い始めたら急に顔を見たくなって、ディーノは立ち上がると部屋を出た。

『この時間なら、まだ他のヤツらとコーヒーでも飲んでるかな?』
そう思いつつ、ファミリーの皆が集まる大部屋に向かう。
ドアの隙間から明かりが漏れているのを見て、もう少しだけドアを開けてロマーリオがいるか中の様子を伺った。
「あ…いた」
ドアを開けて中に入ろうとして、ロマーリオが仲間とただ談笑しているのではない事に気付き、慌てて手を止めた。
ロマーリオが何だか難しい表情で仲間と真剣に話し合っている。
内容までは理解出来ないが、仕事の話をしている事だけは分かった。
「ロマーリオのあんな顔、初めて見た…」
時々説教してくる事もあるけれど、最後は微笑んで頭を撫でてくれる。
しかし今のロマーリオからはその優しさが感じられず、少し恐かった。
ロマーリオの仕事の顔を見て、ロマーリオもやはりマフィアなのだという事を思い知らされ、何だか胸が痛んだ。
話し声は聞こえていても、内容がさっぱり分からない。
自分はボスとしてどころかマフィアとしてまだまだだから、キャバッローネの仕事はロマーリオを中心に部下達が処理してくれている。
今の自分は戦力外…蚊帳の外なのだ。
キャバッローネの10代目ボスなのに。

この場に入っていけない事が悔しかった。
話してる内容すら理解出来ない事が悔しかった。
一番近くにいると思っていたロマーリオが、とても遠くに感じられて悲しかった。

ディーノはそっとドアを閉め、目に溜まった涙を拭うと自分の部屋に戻った。

ロマーリオと一緒にいたかったら、マフィアのボスになるしかない。
ロマーリオの一番近くにいたかったら、もっと強く、もっと賢いマフィアのボスになるしかない。

部屋に戻ったディーノは机に向かい、涙で問題集とノートを濡らしながら再び課題に取り組み始めた。

数ヵ月後、イタリアンマフィアの間で、キャバッローネファミリーの10代目ボスに就任したディーノという男が先代が傾けた財政を完全に建て直し、ボンゴレの同盟ファミリーの第三勢力にまで熨し上がったという話題が広まった。

「どこ行ってもアンタの話題で持ちきりだ。今やイタリアンマフィアで『跳ね馬のディーノ』の名を知らないヤツはいねー」
ロマーリオは自分の事のように嬉しそうに話しながら、ディーノの為に腕を奮って淹れたカプチーノを机の上に置いた。
「本当にありがとうな、ボス。これでキャバッローネも安泰だ」
「…別にオレはファミリーの為に頑張ったんじゃねーよ」
カプチーノにバニラシュガーを多めに入れ、泡を消さないようにスプーンでそっと掻き混ぜてからカップを口に運ぶ。

これじゃホットミルクだ、とツッコミを入れたくなるくらいコーヒーの割合が少ないカフェラッテしか飲めなかった頃からずっと側で世話役として見守ってきて、今はボスと右腕という関係になった彼が自分が淹れたカプチーノを美味しそうに飲んでいる様を、ロマーリオは優しげな目で見つめていた。
「謙遜することねーよ。アンタはそれだけの事をしてきたんだ」
「謙遜じゃねぇんだよ…謙遜じゃ」
カップを置き、ロマーリオをじっと見つめてから言葉を続けた。
「だって…お前のおかげだから」
ハッキリと思っている事が言えなくて、これだけでも顔が赤くなってしまって、赤くなった顔に気付かれないように窓から外を眺める振りをして視線を外した。
「何言ってんだボス。そりゃオレもアンタの右腕として仕事のサポートはしてきたけどよ、お前のおかげと言われるほどの事はしてねーよ」
「と、とにかく! お前がいなかったらオレはマフィアのボスにはなってなかった。だからお前のおかげなんだよ!」
想いを伝えたい気持ちと、想いを知られてはいけないという気持ちがぶつかりあって、どう言っていいか分からず更に顔を赤くして、不思議そうな顔をしているロマーリオの手を躊躇いがちに取った。
「えっと…その…これからもボスとして頑張るから、オレの側にいてくれよな」

好き。
愛してる。
その言葉は今はまだ胸の奥に隠し、想いを唇に込めてロマーリオの手の甲にそっと口付けた。