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* La famiglia che io amo *
ロマーリオ&ディーノ

「風、冷たくて気持ちいいな」
「あぁ……そろそろ夏も終わりだな」
朝の海。
金の髪を晩夏の風に靡かせ、白い砂浜にサクサクと足跡を付けて歩くディーノの背を追いながら、自分もその横に並べるように足跡を刻んでいく。
「それにしても、ボスがこんな朝早くに起きて散歩に行こうだなんて珍しいな。普段から起こされなくてもこうやってちゃんと起きてくれりゃ助かるんだがなぁ」
「んなっ!? そんな言われるほどいつも寝坊してねーだろ!」
「んー、どうかな」
焦って振り向く顔にワザとニヤニヤ笑ってみせると、身に覚えがあって反論できないのか、ぷぅと軽く頬を膨らませてしまった。
やれやれ、しょうがない人だ。
隣に追い付き、子供を宥めるみたいにポンポンと頭を撫でてやる。
するとすぐにディーノは照れた笑みを浮かべて前に向き直り、「いつもあんがとな」と小さく呟いてからまたゆっくりと歩を進め始めた。

そうしてしばらく心地良い海風を堪能しながら散歩を続け、奥まった岩場に辿り着いたところで足を止める。
「なんとなくさ、ここに来たくなって……付き合わせちまってワリィ」
「…………」
ここは、まだ幼かったディーノがとっておきの秘密の場所にしていたところ。
十数年前、親友の裏切りに遭い嵐の海に投げ出された自分が奇跡的に流れ着いたところでもある。
あの嵐の夜の後、秘密の場所で一人遊んでいたディーノが浅瀬で気を失っている自分を発見し、それを聞いた彼の父親に命を救われた――それが、キャバッローネやこの街との出会いだった。
「ロマーリオ?」
浅瀬を見つめながら思いに更けっているうちに、いつの間にかそれが表情に出てしまっていたのだろう。
鳶色の瞳が不安そうに覗き込んでくる。
改めて話すのは気恥ずかしいが、ディーノにこんな顔をさせてしまうのは本意ではない。
少し迷った後口を開き、返事を独り言のようにぽつぽつ落としていった。
「ここに来たばかりの頃は、海が嫌いだった」
「…………」
「自分の身に起きた現実が受け入れられなくて、何もかもが信じられなくなってな……でも9代目はそれでも変わらず懇切に接してくれた。ファミリーの皆も、この街の人達も、よそ者のオレをまるで家族みたいに迎え入れてくれて……あぁ、そうだ。アンタもオレが元気になるようにって、よく花や菓子を持ってきてくれたよなぁ」
「あ、あん時は、ガキでよく分かってなかったから、あんなことしか……」
「いや、その純粋な優しさが本当に嬉しくて、心に沁みたんだ……キャバッローネファミリーの、そしてこの街の温かさに触れているうちに、また信じてみようって、そう思えるようになったんだよ」
「ロマ……」
「今ではこの海も含めたこの街全てがオレの家族であり帰る場所だ、そう思ってる」
胸に込み上げてきた温かな思いがディーノにも伝わったのだろう。
不安そうな、困ったような顔がいつもの柔らかな笑みに戻る。
そして一片の迷いも見せず開かれた口から決意の言葉が改めて紡がれた。
「オレも、何より大切なのはこの街で生きとし生ける者全てだ。この先何があっても守ってみせる、必ず……これからも一緒に守っていこうな、ロマーリオ」
「あぁ、もちろんだボス」
真っ直ぐに視線を重ね、コツンと拳と拳を合わせる。
同じ思いを持つ者同士の誓いのように。

「さて、そろそろ屋敷に戻るか。朝飯食って溜まりに溜まった仕事片付けないといけねぇしな」
「う……せっかく忘れてたのに、思い出させんなよー」
もう少しこうして海を眺めていたかったが、他の者には何も言わずに出てきたので心配を掛けてしまう。
気持ちを切り替え、帰ろうと促すが、つい加えた一言がディーノを現実に引き戻し過ぎてしまったようだ。
さっきまでのボスとしての風格はどこへやら、盛大に拗ねるディーノにしょうがねぇなと内心で苦笑しつつ、尻を叩くのも右腕の役目だと言葉を続ける。
「誰のせいでそうなったと思ってんだ? アンタ、沢田さんが夏休みだからって日本に行き過ぎ」
「お前だって日本に行った時は草壁と飲みやカラオケ行ったり満喫しまくってるじゃねーか」
「そうだが、日本について来た面子と交替でイタリアへの連絡や仕事のチェックはマメにやってるぞ。それに、傍についていたいのはやまやまだが、オレや他の連中まで沢田さん家に世話になるわけにいかねーだろ?」
「それはそうだけどさ、そういう話は帰ってからでも……」
まだどこか不満げに頭を掻いてごにょごにょと語尾を濁らせていたが、自分でも分かっているのかディーノはすぐに気を取り直してニカッと降参の笑顔を返してきた。
「わーったよ。またリボーンの無茶振りで日本に呼ばれてもすぐさま駆け付けられるように、仕事片付けっか」
「その言葉、リコが聞いたらまた怒り出すぞ?」
「だろうなー。でもオレにとっては弟分達も大事だからさ。いつでも力になれるようにしておきたいんだよ」
「そうだな、そんな家族思いで仲間思いなアンタがオレ達は大好きで、ついていこうと思ってるんだよ」
「っ……ほ、ほら、帰るんだろ? 行くぞ!」
自分達部下にとっては当たり前の気持ちだが、言葉にされたのは不意打ちだったのか、ディーノは耳を真っ赤にしてひょいと岩場から飛び降り、先を急ぎ始める。
その様子にクツクツと笑みを零してから今一度海の方へ振り返ると、自分をこの地に運んでくれたこと、素晴らしい人々に出会わせてくれたことに感謝の祈りを捧げ、早足で遠ざかっていく我が主の背中を追いかけた。