「よ、よぉ、ボスさん」 「…………」 特別な日だというのに、いつもと全く変わりなくソファーにどっかりと腰を沈め、微睡んでいるザンザス。 「その……今日は誕生日、おめでとうなぁ」 「…………」 そーっと近付いて声を掛けると、紅い瞳が不機嫌そうに向けられる。 その冷ややかな視線に、背筋がゾクリと震えた。 (罵倒してこねぇのがなんか却って怖ぇぞぉ……) そんなことを思いながら、スクアーロはその身を包む、背面に何本もの黒い線が入った白のコスチュームへと視線を落とす。 そのまましばらく何かを迷うように、モジモジと落ち着きをなくしていたスクアーロだが、ふと片手を上げて招き猫のようなポーズを取ると、意を決したように口を開いた。 「…………ガ、ガオ」 「…………」 その一言にザンザスの双眸の鋭さが増すが、それ以上の反応は相変わらず無い。 めげずにもう片方の手も同じように上げ、まだ照れの残る声でポツリと発した。 「ガオ……」 「…………さっきから何やってんだ、てめぇは」 「いや、ベスターの代わりになってやろうかと思ってよぉ」 「はぁ?」 「だ、だからよぉ、今日一日、誕生日プレゼント代わりにオレがベスターになってやるって言ったんだぁ!!」 ようやく上がった声に含まれる怒りに怯みつつもそう叫ぶと、スクアーロは四つん這いになってザンザスの足下に絡み付くように寝そべりながら、言葉を続ける。 「モフモフさが足りねぇかもしれねぇけどよぉ、ずっと傍に居……い゛でっ!?」 そんなスクアーロの脳天に、ザンザスは礼の言葉代わりに容赦なく踵を落とした。 二人が居る場所から少し離れたドアの影―― 「ししっ、ウケる〜!!」 「まぁ想定の範囲内だったけど、実際目にするとこれはちょっとキツいな……見てるこっちの方が痛々しいよ」 「もう……スクちゃんったら、ホントお馬鹿……」 中の様子をこっそり覗き見ていた者達が、それぞれの反応を見せる。 実は数日前、ザンザスへの誕生日プレゼントに悩むスクアーロに、ルッスーリアがアドバイスをしたのだ。 『貰った未来の記憶の中で見たベスちゃん、今は居なくてボス淋しそうでしょ? だからアナタがベスちゃんの代わりにずっと傍に寄り添っててあげたら?』と。 その時は意図が通じたとばかり思って気にしていなかったのだが、今になって何だか心配になってきて。 様子を見に来てみれば案の定コレで、ルッスーリアは呆れたように深く溜息を零す。 「虎の格好して傍に居てあげろって意味で言ったんじゃないのよ〜!」 「スクアーロはこういうこと、ちょっと鈍いというかズレてるから……」 「虎のカッコするにしても付け耳とか尻尾とかいろいろあんのに、よりによって着ぐるみはねーよ。もっとボスがソソるような衣装にすりゃいいのにさ……あ、そうだ! マーモンお前、プレゼント代わりに幻術でフォローしてやれば?」 「嫌だよ、ボスへのプレゼントはもう用意してあるしね。ベルからのプレゼントってことで報酬払ってくれるならやるけど?」 「オレももう用意してるし、スクのために金払うなんてまっぴらゴメン。っつか、ボスがあれだけ怒ってちゃ、今更何フォローしたって無駄だよなー」 「あら? でもそうでもないみたいよ?」 急にトーンが上がったルッスーリアの声に、じゃれるように言い合いをしていたベルとマーモンはピタリと口を噤むと、再びドアの隙間に顔を寄せた。 「んなふざけた格好でふざけたことしてんじゃねぇよ、ドカスが!」 「ふざけてなんかねぇ! オレはいたって真剣だぁ!!」 被り物のお陰でダメージは軽減されたものの、それでも強い衝撃に脳が揺れる。 顔を伏せたまま頭を擦っていると、不意に体が宙に攫われた。 「う゛お゛っ!?」 それがザンザスの腕によるものだと気付いた瞬間、向き合うようにぽすんと膝の上に下ろされ、スクアーロはキョトンと目を瞬かせる。 突然踵落としを食らったかと思ったら、今度は膝の上に座らされて。 ザンザスの考えていることが分からず、戸惑うように視線を彷徨わせていると、着ぐるみの頭部分を掴まれ、そのまま引き千切るほどの勢いで外されてしまった。 「な゛っ!? 何すんだぁ!! この着ぐるみ、サイズ合うヤツ探すの苦労したんだぞぉ!!」 「馬鹿か、てめーは。着ぐるみ被ったところでベスターの代わりになんてなれるわけねーだろうが」 「う゛……そ、そりゃ、本当の代わりにはなれねぇけどよぉ、お前の傍に居ることなら……」 「だったら」 「!?」 いきなり顔に向かって手を伸ばされ、反射的に目を瞑る。 すると、指が頬に近付く気配がして、そこにかかる髪を優しく摘まれた。 「尚更カス鮫が虎鮫になる必要なんてねぇ。てめーはてめーのままオレの傍に居やがれ」 「え゛? 今、何……んっ……」 そろそろと目を開けると、鼻と鼻がくっつきそうなほど近くで信じられないセリフを聞かされて、問おうとする間もなく唇が塞がれた。 「あのカッコでイチャつき始めるとか、これ何てギャグ? うしししっ!!」 「アレはもう完全に二人の世界に入っちゃってるね……」 ベルは腹を抱えて小声で笑いながら。 マーモンはやれやれと呆れながらも。 その様子から目を離せずに、部屋の中をじっと窺っている。 そんな二人の視線を己の体で遮るようにして立つと、ルッスーリアは軽くパンパンと手を叩いた。 「ハイハイ、ここから先はお子ちゃま達は見ちゃダメよ〜」 「あ? こっからが面白れーんじゃん。自分から見に行こうって言い出したクセに止めんなよ」 「んもう、ベルちゃんったら。私達は覗き見じゃなくて様子見に来たのよ?」 「どっちも似たようなモンだろ」 「と、とにかく! いい雰囲気になってるし、これ以上は無粋だわ。ここらで退散してお茶にでもしましょ。ボスのバースデーケーキの材料がまだ残ってるから、それで何かオヤツ作ったげる。ね?」 「ムム、ボスの誕生日にはいつも以上に高級な食材を各地から取り寄せてるんだよね……ちょうど小腹も空いてきたし、僕はオヤツにしたいかな」 「えー、スクをおちょくるネタを仕入れる絶好のチャンスじゃん。せめてスクが着ぐるみ全部脱ぐまではさぁ……」 「ほらほら、マーモンちゃんもこう言ってるし、早く行きましょうよ……って、あら?」 未だ未練がましくドアに張り付くベルを促しながら立ち去ろうとしたところで、ルッスーリアはふと何かを思い出したように足を止める。 「そういえばレヴィは?」 「知らね」 「しばらく姿を見かけてない気がするけど、今レヴィには任務は入ってなかったはずだし……まさか、ね」 「そうね、まさかねぇ〜」 「アイツのことだから、そのまさかだったりして。ししっ!」 一方その頃、噂の主はというと―― 「ふ……ふ、ふえっくしょおおおい!! ……むぅ、イカンな。風邪か? だが休んでいる時間はない!」 まさかの通り、ルッスーリアとスクアーロの話を立ち聞きしていたレヴィは、ザンザスに本物のホワイト・ライガーを献上すべく、ライオンとトラの両種が生息していると言われているインドの山奥を数日前から駆けずり回っていたのだった。 「ボス、このオレが必ずやベスターを探し出して貴方の元へお連れします! 今しばらくお待ちをををををっ!!」 結局、努力虚しくホワイト・ライガーは見つからず、心身共に満身創痍のレヴィが帰還したのは、それから更に数日後のことであった…… |
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