イタリア、ボンゴレ9代目直属 独立暗殺部隊・ヴァリアーアジト── ボンゴレと同盟ファミリーによる大規模作戦を二日後に控えた日のことだった。 「あんのクソボス、会議始めるっつってんのに何拷問室なんかで遊んでやがる!」 地下へと続く細い階段にスクアーロの怒声が響き渡った。 「普段の任務とは訳が違うんだぞぉ! それなのにアイツときたらいつもいつもっ!!」 スクアーロは苛立ちも隠さずに叫びながら早足でズンズンと階段を下りていく。 十数分前、イタリア主力戦についての会議を始めるとザンザスと幹部メンバーに召集をかけたのだが、ザンザスだけがいつまで経っても姿を現さなかった。 ボス抜きで始める訳にはいかないと待機中の部下達に探させたのだが、ザンザスは拷問室というあり得ない場所に居た。 その上、すぐに会議室に来ないどころか、『カス鮫一人でここに来い』と伝言してきたのだ。 こうなったらもう下っ端の部下では対処しきれない。 スクアーロ本人が出向いてザンザスの要求を叶えなければ、機嫌を損ね手がつけられなくなる。 「拷問室ってのが嫌な予感ビンビンだぜぇ…だが、今は状況が状況だ。今回の作戦隊長として、言うときゃビシッと言わなきゃなぁ!」 二日後の大規模作戦の勝敗によってボンゴレの運命が決まると言っても過言ではないのだ。 ザンザスの我が儘に付き合っている余裕はない。 一抹の不安は拭えなかったが、自分を奮い立たせるように叫ぶとスクアーロは残りの階段を一気に駆け下りた。 アジトの最下階奥深くにその部屋はあった。 「ヴお゛ぉい! ザンザス、来てやったぞぉ!!」 重厚な鉄の扉に向け叫ぶが、その声は通路に虚しく響き渡るだけだった。 「今度の戦いはボンゴレの命運がかかってんだ。それはお前が一番よく分かってんだろぉ!?」 もう一度、いつも以上に声を張り上げて叫ぶが返事はない。 しばらく待ってみたが、扉に人が近付く気配すら感じなかった。 「クソッ…入って来いってことかよ」 あまり気が進まないが、これ以上粘って機嫌を損ねても仕方ない。 スクアーロは忌々しげに舌打ちして腹を括ると、鉄の扉に手を掛けた。 ギ、ギと音を立てて扉を押し開いていくと、ひんやりした空気が頬を掠める。 その冷気の所為か、これから起こることへの予感かどちらかは分からなかったが、背筋につーっと冷や汗が伝った。 通路の明かりが部屋に差し込み、中に置かれた拷問器具が僅かに浮かび上がる。 明かりの届かない部屋の奥は深い闇に包まれており、目を凝らすがザンザスの姿は見つけられない。 「ヴお゛ぉい! いるんだろぉ!? 隠れてねぇで出てきやがれ!!」 一歩足を踏み込み叫ぶが、相変わらず反応はなかった。 「試してぇ技があんなら後でいくらでも付き合ってやるから、今は会議を優先しやがれぇ!!」 嫌な悪寒を感じつつも、石造りの壁に声を木霊させながら部屋の奥へと足を進める。 (ん゛ん? 何だぁ?) 部屋の中央まで来た辺りで今まで感じなかった気配を察知し、咄嗟に身構えそちらに視線を送った。 だがそこには誰もおらず、感じたはずの気配も消えており一瞬緊張が走る。 タラタッ 「!? ベスター?」 すぐ背後に獣の足音が聞こえ、スクアーロはザンザスの匣兵器の名を呼びながら体を反転させた。 暗闇に浮かぶ、赤い二つの眼。 ザンザスが持つそれと同じ鋭い眼光を向けられ、体が小さく震える。 「何でベスターが匣から出てやがるんだぁ?」 震える声で呟き、グルルと低い唸り声を上げるベスターに近付こうと足を踏み出した瞬間── GAHHH!! 凄まじい咆哮を浴びせられた。 「クッ…」 咆哮による呼気が衝撃波を生み、思わず両腕で顔を覆う。 「凄ぇ、吼えただけでこんな…体中ビリビリきやがる。さすがザンザスの匣兵器だけあるぜぇ…ん゛?」 感心したように息を吐きながら再びベスターに近付こうとするが、何故か足がピクリとも動かなかった。 「な、何だぁ!? 足が動かねぇ…まるで石になっちまったみてぇだ」 慌てて足元を見るが、まだ闇に目が慣れていないのか何も見えない。 混乱していると、ギ、ギと扉が閉ざされる音と共に視界が黒一色に塗り潰された。 (どうなってやがる…これがザンザスの試してぇ技だってのか!?) 大空属性を持つ者はレアで、それ故この属性に関しては未だ謎が多い。 加えて、ザンザスの匣兵器は大空のリングの炎とその手に宿す憤怒の炎を混入することで天空嵐ライガーという二属性を併せ持つ超レア匣兵器になる為、こちらもその能力には未知の部分が多かった。 謎の多い大空属性と天空嵐ライガー、その能力に関してザンザスが独自にいろいろ試みているのは知っていたし、これがベスターの能力によるものだと分かっていても未知への恐怖に身が竦む。 自分はこのままどうなってしまうのだろうと不安に駆られていると、不意に壁の松明が灯り部屋の中を仄かに照らした。 反射的に明かりの元を見やると、壁に寄りかかり掌に炎を灯しながらこちらを見据えるザンザスの姿が目に入る。 「ザ、ザンザ…」 射抜くような視線に晒され、背筋がゾクゾクと痺れた。 (い、いけねぇ…こんなことしてる場合じゃねぇんだ!) さっさとクソボスを会議室に連れて行かねばとここに来た本来の目的を思い出し、ブルブルと頭を左右に振っていつもの自分を取り戻す。 「ヴお゛ぉい! いつまでも遊んでんじゃ…って、何だこりゃあ!?」 ザンザスに詰め寄ろうとして足が動かなくなっていることを思い出し、足元に視線を落としたスクアーロは驚愕の声を上げた。 「あ、足が…石化してやがる…」 足が石になったようだと感じていたが、感覚だけでなく実際に石化しており、その場から一ミリも動けない。 「ベスター」 必死に足を動かそうともがくスクアーロをよそに、ザンザスはどこか怒りに満ちた低い声で匣兵器の名を呼んだ。 それを受けてベスターがタッと一歩前に出る。 「ボ、ボスさんよぉ、何する気…」 GAOOOO!! スクアーロには似つかわしくない弱々しい声がベスターの咆哮に掻き消され、部屋の中の空気がビリビリと震えた。 (来る!!) 本能的に自分の身に迫る『何か』を感じ取り、頭と心臓を両腕で守るように身構える。 衝撃波を全身に浴び、歯を食いしばりながらそれに耐えていると、ダメージを防ぐために特殊素材で作られている隊服が一瞬にして弾け飛んだ。 「な゛ぁぁっ!?」 何も隠すものが無くなり、スクアーロは真っ赤になって叫びながら自身を両腕で掻き抱き背を丸める。 「もういいぞ、ベスター」 ベスターはガオと一鳴きすると、いつの間にか寄りかかっていた壁から離れこちらに近付いて来たザンザスの後ろに下がった。 一瞬の間を置いて足の石化が解け、スクアーロはその場にへたり込む。 「な…な…何だこりゃあ!!」 「試してぇ技があると言っただろう。カスから聞いてねーのか?」 驚きやら恥ずかしさやら怒りやらでわなわなと震えるスクアーロに、ザンザスは何事もなかったように淡々と返す。 「そ、それは聞いてたけどよぉ…こんな素っ裸にするような技、何の役にも立たねぇだろぉ!?」 「ドカスが。これはあくまでも試しだ。実際の戦闘では大空属性の調和による石化で相手の動きを封じ、嵐属性の分解で粉砕する。十分使える技だと思うが?」 「そ、そうか…それなら使えるなぁ」 「ベスター、ちゃんと服だけ粉砕するように手加減出来たな。偉いぞ」 GAU! 「ちょっと待てぇ! それってもしベスターが手加減誤ってたら、オレヤバかったんじゃねぇかぁ!?」 スクアーロは技の詳細を聞き納得しかけたが、その後の言葉を聞いてベスターの頭をよしよしと撫でるザンザスに怒りの突っ込みを入れた。 ザンザスは顎に手を当て首を傾げながらしばらく考えた後、ボソッと言い放つ。 「そん時はそん時」 GA! 「ゴラァァァ!! ザンザス、てめぇふざけんなぁ!! ベスターも同調してんじゃねぇっ!!」 一歩間違えば自分が粉砕されていたのかと思うと恐怖で背筋が凍ったが、それ以上にその時はその時とあっさり言い放ったザンザスへの怒りが上回り、ブッチーン! と自分の中の何かが切れる大きな音が聞こえた。 今日という今日は許さねぇと猛然と立ち上がり、そのままの勢いでザンザスの胸倉を掴もうと両手を伸ばした瞬間、それはベスターの一鳴きによって阻まれた。 「くっ…また…」 まるで自分とザンザスの間に見えない壁があるかのように、どんなに力を入れてもそれ以上手を前に出すことが出来ない。 両足も同じように石化され、完全に動きを封じられてしまっていた。 「おいコラ、ベスター! 石化解きやがれぇ!!」 辛うじて動く首を下に向け、ザンザスの背後から顔を覗かせているベスターを怒鳴りつけるが、ベスターは拗ねたような顔でプイと横を向いてそのまま部屋の隅まで歩いていき、ゴロリと横になってしまう。 「ゴラァ! シカトしてんじゃねぇ!! ったく、持ち主に似て可愛げが…ん?」 大欠伸するベスターへの怒りに打ち震えていると、カチャ、カチャと金属の触れ合う音が不意に聞こえてきた。 その方へ目を向けると、石化されて感覚がなくなっている両手首に鉄の枷が填められている。 「な、何だこりゃあ!?」 「見て分かんねーか。手枷だ」 「それくらい分かるぞぉ! オレが言いてぇのは…」 ザンザスはスクアーロの言葉を最後まで聞かずにプイと横を向くと、何かを命じるようにベスターを見やった。 「ヴお゛ぉい! 人の話を聞…ヴお゛っ!?」 ザンザスの視線を受けてベスターが一声鳴いた瞬間両手足の石化が解け、同時に枷に繋がっている太い鎖がじゃらじゃらと音を立てて巻き上がり、スクアーロは両手を上にした状態で吊り上げられてしまった。 「何しやがる! 降ろせぇ!!」 自重で両手首に負荷が掛かり、痛みに顔を歪ませながら叫ぶが、ザンザスは知らん顔で鎖の一端を壁のフックに固定している。 その背中に蹴りの一発でもくれてやろうかと足を後ろに振り上げるが完全に宙吊り状態なため踏ん張れず、バランスを崩して体が左右にフラフラ揺れてしまった。 「チッ、この体勢じゃ無理かぁ」 「くだらねぇ抵抗しようとしてんじゃねーよ、ドカスが」 「ヴっ…」 聞こえないようにボソッと呟いた直後に振り向かれ、蹴りを入れようとしたのがバレたかと冷や汗が流れる。 いつものように蹴りか拳が飛んでくるかと身構えるが、ふと今自分がここにいる理由を思い出し、はたと我に返った。 好き勝手しているのはザンザスなのに何故自分がこんな理不尽な目に遭わなきゃいけないのかと、怒りが込み上げてきて爆発する。 「ヴ、うるせぇ! てめぇこそ新技試し終わったなら、いつまでもこんなくだらねぇ遊びしてねぇでさっさと会議に出やがれぇ!!」 突然怒声を浴びせられザンザスの眉がピクと吊り上がるが、頭に血が上っているのかスクアーロはそれに気付かず、間髪入れずに怒りを吐き出した。 「大体てめぇはいつもいつも勝手なことばっかしやがって! てめぇの我が儘に振り回されるこっちの身にもなれってんだぁ!!」 スクアーロの魂の叫びが石造りの壁に反響して空気がビリビリと震える。 木霊した声が奥の闇に吸い込まれるように消え、空気の震えが治まりを見せると部屋の中は一転して静寂に包まれた。 (ふぅ…遂にビシッと言ってやったぜぇ) ザンザスの身勝手さは今に始まったことではないが、数週間前に10年前の沢田綱吉とボンゴレ守護者、そしてその関係者達がこの時代に現れたという情報を受けてから心なしか自分に対するいびりが激しくなり、今回の大規模作戦の隊長に任命されてからはまるで忙しい自分の邪魔をするかのようにくだらない用事で呼びつけてくる。 そんなザンザスの態度を腹に据えかねていたので、溜まっていた怒りをぶちまけ少し落ち着いたのか、スクアーロはふっと穏やかな表情になると一つ大きく息をついた。 「………誰が勝手だと?」 「っ!!」 だがそれも束の間、ザンザスの地を這うような声と凄まじい怒りのオーラにスクアーロの表情が一瞬にして固まり、怯みの色を見せる。 ギンと睨みつけてくるザンザスの強い視線に耐え切れず、何とか逃れようとジタバタするが、足は空を切るだけだった。 (あ゛…オレ今吊るされてたんだった…) 枷により自由を奪われているということを今更ながらに思い出し、絶望感に全身の血が凍る。 「誰が勝手だって?」 ズイッと顔を寄せながらザンザスが再び問うてくるが、その禍々しいまでの怒りに気圧され言葉が出てこない。 (大事な戦いを前に勝手してんのはこのクソボスなのに、何でオレがこんな目に…) だんだんと精神的に追い込まれ、それが限界値を超えた瞬間、スクアーロの中で何かがプツッと切れた。 「てめぇだ、てめぇ! いつもいつも勝手してんのはてめぇだぁ!!」 もうどうにでもなれと開き直り、唾が飛ぶ勢いでザンザスを怒鳴りつける。 ザンザスはスクアーロの反抗的な態度にビキビキとこめかみを引き攣らせ、顔にかかった唾の飛沫を手で拭うと、より一層怒りを増幅させて殺気の篭った視線をぶつけてきた。 今度はスクアーロも怯まず、ギッと睨み返す。 互いに無言のまましばし睨み合っていたが、不意にザンザスが口を開いた。 「自分のこと棚に上げて何言ってやがる」 「はぁ? オレがいつ勝手したって言うんだぁ!」 「…オレが知らねーとでも思ってんのか?」 「何のことだかさっぱり分からねぇぞぉ!! 言いたいことがあんなら、回りくどい言い方してねぇでさっさと言いやがれぇ!!」 ここしばらくのことを振り返ってみるが思い当たる節はなく、むしろ作戦隊長としてボスであるザンザス以上に忙しく動き回っている。 非難される謂れはないと、自信たっぷりにスクアーロはそう言った。 しかしその自信はザンザスの一言で打ち砕かれる。 「この前の、ファミリー首脳会議の日…」 「あぁ、ウチと同盟ファミリーのトップが集まって大規模作戦を計画した日だな。それがどうした」 「てめーがカス馬に釘差してたのは知ってんだよ」 「!?」 瞬時に数日前のことが脳裏に甦った。 自分の剣幕に圧され、たじたじのディーノ。 そしてそれを庇うように間に割って入る彼の有能な右腕。 「ヴお゛ぉい! 跳ね馬ぁ!! オレもイタリア主力戦が終わり次第すぐ日本に向かう。オレが行くまでに山本武に余計なこと教えやがったら、そこのオッサンもろとも三枚におろすぞぉ!!」 「なっ…おい、スクアーロ! もしロマーリオにまで何かしやがったら絶対許さねーかんな!!」 「ボス、オレのことはいい。アンタまで頭に血ぃ上らせてたら話にならねぇぞ」 「ん…そうだな。ごめん、ロマ」 今度はディーノがロマーリオを庇うように一歩前に出ると、落ち着いた口調で話し始めた。 「何度も言うが、オレはツナからボンゴレ匣について多少だが聞いてるし、今回はオレが全体の家庭教…」 「だったら、山本武のボンゴレ匣のことを今すぐ教えろぉ!!」 「ちょ…人の話最後まで聞けよ。んな大事なこと簡単に教えられるわけないだろ!」 「てめぇがカスガキども全員の家庭教師やりに日本に行くことはもう何度も聞いて分かってる。大体てめぇ、剣も持ったことねぇのに剣士の家庭教師なんて務まるのかぁ?」 「う…そ、それは…」 「剣のことは剣士であるオレが一番よく分かってる。山本武の家庭教師はオレにやらせろぉ!」 「でも、そんなことオレが勝手に決めらんねーし…」 「ボス、コイツの言うことも一理あるぜ。それに今回はリング争奪戦の時と違ってマンツーマンじゃねぇ。全体を見るとなるとどうしても手薄になっちまう部分もある。ここはおもいきって任せてみちゃどうだ?」 「……確かに今回は一人一人をじっくり見るのは難しそうだし、オレは剣のことは正直よく分からねーからな。よし、分かった! 山本のことはスクアーロに任せるよ」 「よぉし、交渉成立だ。ボンゴレに泥塗るような真似されねぇように、山本武はオレがきっちり鍛えてやるぜぇ。てめぇは他のカスガキどものお守りでもしてろぉ!」 「オレはてめーまで日本に行くと報告を受けた覚えも、許可出した覚えもねーが?」 回想が終わり、全身冷や汗ダラダラのスクアーロに追い討ちをかけるようにザンザスが怒りの篭った声で呟く。 「ヴ…黙ってたのは悪かったけどよぉ、山本武を鍛えることはボンゴレの為なん…」 「ボンゴレの為だぁ?」 「っ!!」 ザンザスの眼光から強い怒りを感じ、スクアーロは息を飲んだ。 「その割には随分と昔からあのカスガキにご執心だよなぁ、てめーは」 鼻先が触れ合う程近くからじっと見つめられ、その視線に捕らえられたように目が逸らせなくなる。 そのどこか責めるような瞳に、ふと頭を過ぎった言葉が考えるより先に口から零れた。 「もしかしてよぉ、ヤキモ…ぐおぁっ!!」 「ドカスが、ふざけたことぬかしてんじゃねーよ!」 スクアーロの口がその言葉を最後まで紡ぐ前にザンザスの頭突きがヒットする。 「い、いきなり何すんだぁ! 大体なぁ、オレが山本武に拘ってんのは剣で唯一負けた相手だからだ。アイツがオレ以外の奴に負けたとあっちゃ、オレの沽券に関わるんだぁ!!」 あのザンザスにヤキモチを妬かれているのなら嬉しいだなんて思ってしまった自分が馬鹿だった。 スクアーロは考えなしに口にしてしまったことを後悔しつつ、額の痛みを八つ当たりするように叫ぶ。 だがザンザスはそんなスクアーロをフンと鼻であしらい、一瞥した。 「てめーがカスガキに拘る理由は言われなくても分かってんだよ」 「じゃあ何であんなこと…」 「てめーがオレ以外の奴の為に好き勝手飛び回ってんのはムカつく」 「なんだそりゃあ! てめぇこそ自分のことは棚上げじゃねぇか!!」 「オレはいいんだよ」 「な゛っ…」 『それってやっぱりヤキモチじゃねぇのかぁ?』と言いそうになるのをグッと堪えつつ抗議の声を上げるスクアーロに、ザンザスはさも当然とばかりに言い放った。 「てめーはオレだけ見てればいいんだよ」 あまりの俺様理論に言葉を失ったスクアーロの耳元で駄目押しのように囁き、サッと後ろに回り込む。 「な、何する気だぁ!?」 ザンザスに背中を取られたことに気付きスクアーロはハッと振り向くと、部屋に入る前と同じ嫌な予感を感じて全身を震わせた。 「好き勝手するカスには仕置きが必要だな」 「ま、待てぇ! 何でオレがお仕置きされなきゃいけねぇんだよ!!」 「問答無用」 低い呟きの直後、ザンザスの手がスクアーロの白い尻を打つ乾いた音が響いた。 「ぐっ!」 打たれた瞬間と、その後にじわじわくる二通りの痛みにスクアーロの顔が歪む。 ビシッ! 「い゛っ…」 痛みが引かないうちにもう一発、平手が尻を打った。 形のいい白い尻に朱の手形がくっきりと浮かび上がる。 その赤と白のコントラストは痛々しく扇情的であったが、それを見つめるザンザスの表情はどこか不満気だった。 「……?」 何度も尻を打たれるのだろうと身構えていたスクアーロはたった二発で止まってしまったことを不思議に思いつつ、うっすらと涙が滲んだ目をザンザスに向ける。 「……音が気に入らねぇ」 「はぁ?」 「何つーか、こう…しぱぁぁぁぁん的な音をだな…」 「どこぞの小説みたいな擬音出そうとしてんじゃねぇぇ!!」 手首のスナップが、などとブツブツ呟きながらシュッ、シュッと素振りを始めるザンザスに、スクアーロは自分の置かれている状況も忘れて思わず突っ込んでしまった。 「いい音が鳴ったら気持ちいいだろうが」 「それっていい音かぁ!? んなくだらねぇ理由で何度もぶたれるこっちの身にもなってみろぉ!」 「これくらいでガタガタ騒ぐな、カスが。満足のいく音が出るまで打つから覚悟しとけ」 「ふ、ふざけ…ぐぁっ!」 ぱぁん! 「い゛…い゛でぇっ…」 パシィッ! 「あ゛ぁっ!」 ビタンッ! 「ぐぅぅっ…」 平手が容赦なく振り下ろされ、室内に肉を打つ乾いた音とスクアーロの苦痛の叫びが響き渡る。 ビシィィッ! 「ひぁあっ!!」 びたぁぁぁぁんッ! 「ヴお゛ぁああーっ!!」 何度目かでようやく納得のいく音が出たのか、尻を打つ手がピタリと止まった。 「今のはなかなかいい子安音だったな」 ぷるぷると震える平手で真っ赤になった尻を眺めながらザンザスが満足そうに呟く。 一方スクアーロは、「子安音って何だよ。つーか伏せろよ」と突っ込みを入れる気力もないまま項垂れていた。 (ボスの了解も得ず日本行きを勝手に決めたのはオレが悪かったけどよぉ…何でここまでされなきゃいけねぇんだよ) 山本の家庭教師をやらせろとディーノに頼み込んだのは、万が一山本が敗北するようなことがあれば自分の沽券に関わる、という個人的な理由だけではない。 ザンザスの欲する「最強のボンゴレ」に繋がると思ったからこその判断だったのだ。 それなのに人の気も知らねぇで、と恨みがましい視線でザンザスを睨みつける。 「何だ、カス鮫。誘ってんのか」 「ヴお゛ぉい! どこをどう見たらこれが誘ってるように見えるんだぁ! てめぇの目は節穴かぁ!!」 「どこをどう見ても誘ってるようにしか見えねーが」 「へ?」 スッと視線を下げるザンザスにつられて自分も下を向くと、半分ほど勃ち上がっているペニスが目に飛び込んできた。 「な゛ぁぁっ!?」 「ケツ叩かれてチ×ポおっ勃てるとはとんだマゾだな」 「ち、違っ…」 目を覗き込まれながら言われ、スクアーロはその視線から逃れるように赤くなった顔を背ける。 (クソッ! ケツの痛みに気ぃ取られてて勃っちまってるのに気付かなかったぜぇ) 尻に本気の平手打ちを何発も食らい、その痛みが性的な疼きを覆い隠し、反応してしまっていることに全く気付かなかった。 目を固く閉ざし、悔しげに唇を噛み締めるスクアーロに追い打ちをかけるようにザンザスの指がツンと尖った胸の突起に触れてくる。 「こっちも勃ってやがる…尻を打たれたのがそんなによかったか」 「あ゛っ…あ…ん、くっ…」 反論したいのに、ザンザスの太く固い指で突起をこねくり回されると全身に甘い痺れが走り、何も考えられなくなってしまう。 「痛ぇと大騒ぎしてたクセに感じるなんて、どうしようもねぇ淫乱な体だ」 「………じゃねぇ」 「あ?」 「オレはケツぶっ叩かれて悦ぶマゾでも…んっ…変態でも、ねぇ…てめぇだからだっ」 スクアーロは与えられる快感に耐えながらも何とか言葉を紡ぎ出し、拗ねたような視線をザンザスに向けた。 「昔っからそうだぁ。てめぇのその怒りに触れると体の奥がゾクゾクしちまって、酷ぇことされてんのに反応しちまう。他の奴相手じゃこうはならねぇ。てめぇだから、こんなになっちまうんだ。てめぇがオレの体を…こんな風にしたんだぁ!」 出逢った時から既に自分の身も心も全てお前に支配されているのだと、そう告げようとしたところで突起をキュッと捻られ、言葉は呻き声に変えられてしまう。 「ヴぐっ…あぁっ!!」 「ドカスが。てめーが淫乱ドマゾなのを人の所為にしてんじゃねぇ」 「だから違…」 「るせぇ、黙れ」 「!?」 クイッと突起を引っ張られ、痛みに気を取られた瞬間口付けられた。 さっきまでスパンキングしていたとは思えないほど優しいキスに戸惑うが、そっと目を閉じて何度も降ってくるキスを受け止める。 (もしかして、オレが言いたいこと分かってくれたのかぁ?) ほんのりウイスキーの味がする舌に己の舌を絡め取られながら、ようやっと解放してもらえるのかと心がホッとするのを感じていた。 「スクアーロ…」 「ザンザス…」 細い透明の糸で唇と唇を繋ぎながら見つめ合う。 「てめーがオレだけに反応すんのと、勝手なことをしようとした件は別だ。仕置きは続行な」 「……………え゛?」 あっさり放たれた一言に淡い期待は早くも打ち砕かれ、スクアーロはショックのあまりベスターの咆哮を受けたわけでもないのに石化してしまった。 「ちょっと待てぇ! 仕置きはこれで終わりにしてくれるんじゃねぇのかぁ!?」 ザンザスが後ろに回り込む気配を感じ、スクアーロはすぐさま石化から立ち直ると噛み付かんばかりの勢いで怒鳴り暴れる。 だが両手を拘束されているため大したダメージは与えられず、唯一自由の効く両足も後ろから押さえつけられ、身動き取れなくされてしまった。 「勝手に勘違いして暴れてんじゃねーよ、カスが」 「じゃあさっきのキスはなんなんだぁ! あんな優しいキス、お前滅多にしねぇじゃねぇか!!」 両膝裏を手で抱え上げられ、まるでおしっこをさせられる子供のような屈辱的なポーズに頬を紅潮させながらもスクアーロは喚き続ける。 「優しくした覚えはねーし、したくなったからしただけだ。仕置きの最中にキスして何が悪い。アメとムチのアメターンだったとでも思っとけ。ここからはずっとムチターンだがな!」 「何ぃ!?」 不敵な笑いと共にガバッと股をM字に割り開かれ、怒りが冷めたわけではなかったが嫌な予感による恐怖の方が勝り、体が勝手に硬直してしまった。 ザンザスはそのままスクアーロごと体の向きを変えると、部屋の隅に寝そべって退屈そうに欠伸をしているベスターに声をかける。 「ほら、ベスター。猫じゃらしとボールだぞ」 「?」 コイツ頭でも沸いたかと思ったが、暗闇の中から自分を見つめる二つの赤い眼光に気付いた瞬間、本能的な恐怖に背筋が凍った。 「ま、ま、ま、ま、まさか…」 自分の予想が当たっていないことを必死に祈るが、それを嘲笑うかのように体が上下に揺さ振られ、細く長いペニスと小振りな陰嚢がブルン、ブルンと揺れ動く。 それを見た途端ベスターはキュピーンと目を光らせ、バッと身を起こした。 「やっぱりぃぃぃ! ベスターの野生の本能が狙ってる! オレをメチャクチャ狙ってるぅぅぅ!!」 グラスやら椅子やらいろんな物を後頭部に投げつけられたり、あらゆる食物を体の穴という穴に詰め込まれたりと、どんな惨い仕打ちを受けてもザンザスのすることだからと悪態をつきつつも耐えてきたスクアーロだったが、流石にこれは無理となりふり構わず泣き叫ぶ。 「どうした。ビビるなんててめーらしくねーな」 「こ、こ、これはシャレになんねぇだろぉ!? 頼む、勘弁してくれ! ベスターを匣に戻してくれよぉ!!」 ジリジリと近付いてくるベスターを前に、プライドも何もかも投げ捨て必死で許しを乞うた。 だがザンザスは、かつてないほどの恐怖を感じ怯えの表情を見せるスクアーロに加虐心を駆り立てられたのか、上下だけでなく左右の揺れも加えて更にベスターを煽り続ける。 「ちょっ…や、止め…ひぃいっ!!」 懇願も空しく、恐怖ですっかり縮こまったペニスにベスターの手がシャッと伸びてきて、抵抗することも避けることも出来ず目を瞑るしか出来なかった。 (も、もう駄目だ…) 絶望に打ちひしがれた瞬間、体がスッと後ろに引かれる。 (!?) そーっと薄目を開けてみると、ベスターの手が空を切って地面に落ちたところだった。 ベスターはすぐにまた股間に向けて手を伸ばしてくるが、今度は体が急速に横方向に移動し、二度目の攻撃も難なくかわす。 これまでは既の所でかわしてくれたが、次はないかもしれない。 他人に自分の大事な部分の運命を握られ、いつそこをベスターに引き裂かれるかという恐怖に顔面蒼白で全身をガタガタ震わせていると、ザンザスがからかうように耳元で囁いてきた。 「本当にじゃれさせると思ったのかよ。冗談の通じねーカスだ」 「じょ…………冗談?」 その言葉を聞き、大事な部分を失わずに済むと心底ホッとしたが、だからといって身の安全が保証されている訳ではないことに気付き、ぶり返してきた恐怖やら怒りやらいろんな感情が頭の中でぐちゃぐちゃに混ざり合い、一気に爆発する。 「ヴお゛ぉい! 冗談にしてはタチが悪すぎるぞぉ!! もし避けきれなくてチ×ポ無くなっちまったらどうしてくれるんだぁ!!」 「あ? そん時はルッスーリアにオカマ人生指南してもらえばいいんじゃね? 二人でDVDの撮影旅行に行ったり、お前ら何気に仲いいし」 「あれは『剣帝への道』制作のための撮影係として付き合わせただけだぁ! つーかお前、オレが百番勝負であちこち飛び回ってたこと、未だに根に持ってんのかぁ!?」 「はぁ? てめー、オレがそんなケツの穴の小せぇ男だと思ってんのかよ」 「ヴ…じゃあ何でこんなことすんだよぉ!」 「趣味」 「ふざけるなぁあああ!!」 キッパリと言い放つザンザスに、自分の中の何かが一本どころか五、六本纏めてブチ切れた。 「もうてめぇになんか付き合ってられるかぁ! 降ろせ!」 「逆ギレして暴れてんじゃねーよ、ドカス。上手く避けられねーだろうが」 「話逸らしてんじゃ…ヴお゛っ!?」 言い合いしている間に再びベスターの手が股間に迫ってきており、体を後ろの方に強く引かれるが爪の先が僅かに肌を掠ってしまう。 「いっ…い、い、今掠った! 掠ったぞぉ!?」 「掠っただけならセーフ」 「セーフ、じゃねぇ! 一歩遅かったら大惨事になってたぞぉ!!」 「るせぇ! てめーが暴れんのがワリーんだろ。大人しく『人間猫じゃらしの刑』を受けてろ」 「何が猫じゃらしの刑だぁ! 何でオレが刑を受けなきゃいけねぇんだ!! 早くここから降ろせ! 今すぐオレを解放しろおぉぉ!!」 「………仕方ねぇ」 ザンザスはぎゃあぎゃあ喚きながら暴れるスクアーロを押さえつつベスターの手を避けていたが、何を思ったのか突然腿を抱え上げていた手を離した。 (ん゛? やっとくだらねぇ遊びに飽きてくれたのかぁ?) 両足の自由を取り戻し、ホッとしたのも束の間── 「合体!」 「い゛っ!?」 尻肉を割り開かれ、その奥に息を潜めていたアヌスに衝撃が走った。 「え…? え゛…?」 十年近くその身に受けてきた馴染みの衝撃が今何をされたかを伝えてくるが、この状況でまさかと脳がそれを拒絶する。 「い、挿れた? 挿れたのかぁ!?」 「挿れられてんのが分かんねーくらいガバガバユルユルなのか、てめーは」 「違ぁう! この状況で何やってんだって聞いてんだぁ!!」 「ナニをヤッてる」 「てめぇはガキかぁ! いい加減に…ん゛っ…あぁっ…」 とにかくこれ以上は付き合っていられないと体を捩って逃れようとするが再び腿を抱え上げられてしまい、自重でザンザスのペニスが深々とめり込んでいく。 その間にもベスターは容赦なく攻撃を仕掛けてきて、ザンザスはスクアーロと繋がったままそれを次々とかわしていった。 「くっ…ヴあ、ぁっ…」 「合体して一体化していた方が避けやすいからな。チ×ポが大事ならこのまま大人しくしてろ」 「避けやすいとか…ぁあ、あ゛っ…そういう問題じゃねぇ! 今すぐこの笑えねぇ遊びを…や、止めやがれぇ!!」 「これは遊びじゃねぇ。勝手なことばかりしているドカスへの仕置きだ。まぁ、今は仕置きになってねぇみたいだがな」 「くっ…」 ザンザスの熱く逞しい漲りを打ち込まれ、両手足とアヌスのみで体を支えられている状態で動き回られ、その刺激で自分の意思とは無関係に体が反応してしまったのだろう。 さっきまで縮こまっていたスクアーロのペニスはいつの間にか勢いを取り戻していた。 「恐怖も快感になるのか。本当にどうしようもねぇ淫乱ドカスだな」 「んなワケあるかぁ!」 「チ×ポおっ勃てながら言っても説得力ねーんだよ…この変態が」 こんな状況なのに勃起してしまい悔しげな表情を浮かべるスクアーロの耳元で囁くと、ザンザスはひょいと片手を伸ばし天井に繋がる鎖を掴む。 「な、何する気だぁ!?」 「生半可な罰じゃ効果ねぇみたいだからな…これならどうだ?」 「ヴお゛っ!?」 これ以上何をする気だと怯えるスクアーロをよそに、ザンザスは軽く後ろに飛ぶとブランコを漕ぐように前後に揺れ始めた。 二人の動きが早くなるとベスターはますます興奮し、獲物を捕まえようと飛び跳ねる。 合体したまま鎖にぶら下がってゆらゆら揺れる三十代の男二人と、それに戯れるライガー。 端から見たら異様な光景だったが、本人達は真剣そのものだった。 しばらくして、なかなか捕まらない獲物に痺れを切らしたのか、ベスターは一度身を伏せるとじっと揺れ動く獲物に狙いを定め、バッと飛び掛かってきた。 「あ、ヤベ。これは避けきれねーな」 「んな無責任なぁぁぁ!!」 スクアーロは諦めたようにボソッと呟くザンザスに抗議の声を上げるが、そうしている間にもベスターとの距離が縮まってくる。 (終わった…グッバイ、マイサン。ケツ穴ばっかりでお前のことあんまり構ってやれなくてごめんなぁ…) 皮被りの頃からの想い出が走馬燈のように頭の中を駆け巡り、今度こそもう駄目だと思った瞬間、ベスターの姿が掻き消えザンザスの手元の匣に吸い込まれた。 「……………あ゛?」 「オレが避けきれねーと本気で思ったか? お前の身体は髪の先までオレのモンだ。他の誰にもやらねぇ。もちろんベスターにもだ」 ザンザスは涙目で呆けているスクアーロの髪を一房手に取ると、不敵な笑みを浮かべてそれに口付ける。 「あ゛…え゛…?」 「てめーにはその自覚がねぇから、体にしっかり叩き込んでやる必要があるみてーだがな。覚悟しろよ、カス鮫」 「ひっ…ひぃい゛ぃぃっ! もう許してくれぇぇぇっ!!」 この時、スクアーロはまだ知らなかった。 イタリア主力戦が終わった後山本が幻騎士に敗北したとの報告を受けて頭に血が上ってしまい、何もかもほっぽり出して日本に向かった挙げ句チョイス会場にまで乱入するという愚行を犯し、イタリアに戻った後ザンザスから今以上の拷問を受ける運命が待ち構えていることに… |
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